ここでは会社の設立時からの出来事を振り返っていきます。
家業を継ぐため、大学卒業後に田舎へ戻り修行先での社会人経験を3年程終え実家の会社へ入社しました。
ある時転機が訪れます。
入社して1年が過ぎた頃、ゆめはま食品という会社を営業権譲渡で買うことになり単身横浜へ行く事になりました。当初の話し合いには参加していませんでしたが、漠然と今の生活に楽しさを見出せず、軽〜い気持ちで決断し乗り込んで行きました。
まさかトラブルに巻き込まれるとは想像もせず…。
一般的に営業譲渡と聞くと、当然お互いに承知の上で行われる訳ですから、
『譲りますね〜。はい、譲り受けますね〜。』と想像されるんではないでしょうか?
仲介してくれた会社の社長は取引業者さんでしたし、色々考えた上でこちらにもメリットがあると思い紹介してくれたんだろうと。
浅はかではありますがそうであることを想像していた訳です。
初めて関係者が集まった場では和やかに話し合いが進み、とんとん拍子でその日のうちに横浜へ行って翌日住む場所を決めることになりました。
思い立ったが吉日ってやつです。
関東は住んだ経験がなく、不安を抱きながら相手のボロ車に乗って夜の高速道路を走ったのは今でも鮮明に覚えています。
住んでた所から横浜までは250kmほど離れていますが、知らない地へ向かうのは果てしなく長く感じるものです。
本当に大丈夫なのかしら…。
徐々に不安になってきましたが、車に乗っちゃってるし、ここまできたら引き返すわけにも行かないし…。
とりあえず用意してくれた横浜駅近くのホテルへ無事到着。
その日は安堵し眠りにつきました。
2025年1月22日 更新
ホテルにて朝食を済ませ、早速事務所を拝見。
これは…。
事務所スペース・倉庫スペース共にゴミの山…。
経営の経験は無かったものの、直感としてこれはダメだなって。
スタッフの方に挨拶を済ませ、まずは住む場所を探す為不動産屋へ行きました。
知り合いの不動産屋さんという事もあってかとても親切に対応して頂いたのを覚えています。
3件ほど回り、どちらも徒歩圏内の2つの候補に絞られました。
・事務所まで15分ほど離れた安い物件
・事務所まで5分の高い物件
会社のお金も自分のお金って感覚は持ち合わせていましたので、なるべく安い方にした方がいいかなぁとか思ったものの、結局選んだのは高いけど事務所から近い物件にしました。
最後はお金よりも、『どっちに住みたいのか?』っていう心に従う選択。
世の中はどちらを選ぶ人が多いんでしょうね?
我慢して安い方に住む人の方が多いイメージですけど。
僕は、高い家賃の分稼いで払えばいいじゃんって思ったタイプでした。
住処も決まり引っ越しを済ませ、いよいよお仕事開始です!
一応、同業ではあったので仕事の内容は大きく変わらないのですが、まぁやり方が全くダメ。
お話になりません。
当初は我慢していましたが、ちょっと指摘しようものなら『これが私たちのやり方なんです!』って返ってくる始末。
これは大変だぞ…。
よくよく考えてみれば、スタッフの人には今の状況をどこまで正確に話していたか分からず、不審がられていたのは無理もありません。
3名いたスタッフの内2名の女性とは壮大なバトルを繰り広げ、一人のおばさんは来なくなっちゃいました。笑
疲れる…。
大変なところへ来ちゃったなぁ…。って思っていたある夜、お家へ戻ろうと夜道を歩いていると、マンションの前に軽ワゴンを取り囲む5〜6台のパトカー。
職質を受けている容姿を遠くで眺めながら、警察24時みたいだなぁ。都会は怖いなぁ。なんて思ったのを覚えています。
2025年2月2日 更新
営業権を買い取る際、以下の条件でスタートしました。
• 年商5000万程度
• 得意先との取引口座および商品の販売権利の譲渡
• 事務所と倉庫(賃貸契約)の引き渡し
これらを1000万で買い取るという契約でスタートしたわけです。
しかし、ここからトラブルが続きます。
まず、実際の売上が申告されていた金額よりも少ないことが発覚します。
具体的には、某大口得意先の伝票が末端売価(小売価格)で表示されており、実際の売上(卸値)はその60%程度しかなかったのです。
例えば、小売価格が1000円だとしたら、当社の売上は600円。
この得意先の売上が3000万ほどあったため、実際には1800万にしかならなかったわけです。
これは完全に見抜けませんでした…。
次に、大口の取引口座の移行でつまずきます。
「会社ごと買い上げれば良かったのに」と思うかもしれませんが、その会社には2億円もの負債があり、丸ごと買い取る選択肢はありませんでした。
2億円の負債を1000万で買い取るわけにはいきませんから…。
その時、私は「全然話が違うじゃないか!!」とゆめはまの会長(ヘンテコなじじい)に詰め寄りましたが、もう後の祭りでした。
社長であった息子も経営には関わっておらず、お飾り状態で話になりません。
「話が全然違うんだからお金返してよ!!」と迫ると、じじいは「返済に回しちゃったからお金はない…」と返答。
「はぁ…」と呆れるしかありませんでした。
口座の移行だけはどうしても完了させないと、非常にまずい状況になってしまうため、何度も迫りました。
「いつになったら口座の移行ができるんですか?」と聞くと、じじいは「もう少し、もう少し…私を信用して欲しい」と言うばかり。
こんな押し問答を半年近く繰り返していました。
さらに、横浜進出にはもう一つ目的がありました。それは、横浜開港150周年イベントへの参加でした。
開催まで半年を切ったある日、イベント説明会に参加しているときに、大事件が起こることになります…。
2025年2月6日 更新